LARSについて

LARS(ラース)とは
何か?

直腸がんに対して行われる外科的治療(手術)の目的は、がんが存在する直腸を切除することと、転移の危険性がある直腸周囲のリンパ節を取り除くことです。手術法には、直腸を切除して永久的人工肛門(ストーマ)を造設する方法の他、永久的人工肛門を造らない低位前方切除術(LAR)や括約筋間直腸切除術(ISR)があります。人工肛門を造らない場合、退院後も続く排便障害がおこることがあります。

この排便障害をLARS(Low anterior resection syndrome;低位前方切除術後症候群)といい、最大で9割の人に生じるといわれています1)
排便機能の健康問題は、術後の生活に大きな影響をおよぼします。

LARSの症状

LARSの定義がLARS International Collaborative Groupを代表する欧米5か国のメンバーにより報告されました2)。対象は患者156名、外科医96名、その他ヘルスケア専門職73名の3グループで6か国から研究に参加しており、3段階で研究が進められました。第1段階では3グループそれぞれにオンラインによるデルファイ法、第2段階は5か所(5か国)で患者相談会の開催、第3段階は患者6名、外科医22名、その他ヘルスケア専門職7名によるコンセンサス会議を開催して、最終的に下記に示す定義が示されました。それを表に示しました。

LARSは『(図表の左側に示す)8つの症状のうち1つ以上の症状を経験し、その結果(図表の右側に示す)8つのうち少なくとも1つ以上が生じていること』と定められました。これらの症状は術後数か月~数年かけて徐々に改善されますが、中には何年たってもほぼ改善しない人もいます。

LARS(Low Anterior Resection Syndrome)

Celia Keane et al.: International Consensus Definition of Low Anterior Resection Syndrome. Dis Colon Rectum, 63(3):274-284, 2020

LARS

症状

  • 調整や予測ができない排便
  • 変化して一定していない便性状
  • 排便回数の増加
  • 苦痛を伴う排便
    (便意を感じた時、排便時、排便後)
  • 便を出し切ることが困難
  • 突然襲う切迫性の便意
  • 便失禁
  • 下着やパッドの汚れ

症状がもたらす結果

  • トイレ依存
  • 排便への執着(排便のとらわれ)
  • 排便に満足できない
  • 排便への策戦そして妥協
  • 心理的情緒的な安寧への影響
  • 社会活動や日常生活への影響
  • 関係性と親密さへの影響
  • 役割やコミットメント、責任への影響

なぜLARSがおこるのか?
(症状発症のメカニズム)

直腸がんに対して行われる手術でも、肛門から腫瘍だけを取り除く手術は局所切除と呼ばれ、一般的に排便障害はおこりません。しかし手術操作が肛門管や骨盤腔内に及ぶLARやISRでは、LARSが生じます。

なぜLARSがおこるのか、下記の理由が考えられますがメカニズムの全容は明らかにされていません。

直腸がない

便を貯留する直腸の機能が働かない、あるいはその働きが弱くなるため

肛門括約筋の脆弱化・損傷

便を排出しないよう肛門を締める働きが弱くなる、もしくはなくなるため

神経損傷

肛門周囲の神経が一部切除されたり損傷されたりするため

腸管蠕動運動

新直腸の過剰な蠕動運動が生じたり、大腸の大蠕動が起こりにくいため

肛門管の知覚神経

排泄されるのがガスか固形の便か、液体の便かを識別する神経が手術手技によるダメージを受けるため

直腸がん手術後等

症状緩和に効果があると
言われている
治療やケアの方法

LARSは個人差があり、完治するものではなく、長期的に付き合い、ご自身にあった方法を見つけることが大切です。そこで、効果があると言われている方法をいくつか紹介します。
しかし、もしかしたら、あなたにとって合わないと感じるものもあるかもしれません。ぜひ体験談コーナーへご意見をお聞かせください。そして、他にもこんな良い方法があるとご存じでしたら、私たちに教えてください。

骨盤底筋トレーニング: 排便を我慢して便を持ちこたえる力を高める

骨盤底筋は、ハンモックのように伸びている筋肉で、直腸、子宮、膀胱を支えています。
骨盤底筋は直腸を支えているので、腸の動きに関連し、鍛えると外肛門括約筋の収縮力が回復し、便失禁を予防します。

骨盤底筋トレーニング

便意や下痢を強く催すなど引き金になる食品や飲み物を把握する

便の性状が整うと排便を我慢しやすくなり、便失禁を予防しやすくなります。LARSの症状は、特定の食べ物や飲み物で悪化することがありますが、個人差があります。便意を強くもよおす、下痢がひどいなど引き金になるような食品や飲み物と便の性状の関連を意識して生活するとよいです3) 4)
軟便になりやすい食事として、生野菜、豆、果物、カレーなどの辛い食べ物、カフェイン、アルコール、牛乳、が挙げられますが、これも個人差が大きいです。どのような食事をいつ摂取するのがよいかご自身で経験的に知り、工夫していくことが大切です3) 5)

軟便や水様便ではなく形のある便に調整する薬を服用する

薬の服用で効果が出る人もいます。使用を考えたい方は、主治医の先生に相談してみてください。

正しい排便姿勢のコツをつかむ

排便時に正しい姿勢をとりましょう。洋式トイレの場合、かかとを挙げて前傾姿勢(ロダンの考える人のように)が正しい姿勢です。長時間トイレに座らない、強く力まないことがポイントです。力むと骨盤底筋が弱くなり、痔核が生じたりします 3)

正しい排便姿勢

肛門周囲の皮膚を清潔に保つ

頻回な排便や下痢によって、肛門周囲の皮膚を刺激し、炎症や不快感を起こすことがあります。肛門周囲を清潔に保つことが大切で、温水洗浄便座の洗浄機能を使ったり、クリームなどで皮膚を保護したり、荒いトイレットペーパーで拭くことを避けるなどで予防できることがあります 3)
ただし、排便前の温水洗浄便座の使用は常習化すると圧をかけすぎたり、皮膚への刺激が強く肛門のかゆみの原因となるため、使いすぎは気をつけてください 6)

外出や好きなことに集中する時間をつくる

いつ症状が出現するか分からないという不安から、家に閉じこもりがちになる方もおられるかもしれません。でも、対策を講じて出かけてみましょう。トイレの場所を予め調べておいて、応急グッズをお供に出かけてみましょう。少しずつ外出時間や範囲を広げてみましょう。
ご自身がリラックスできること(例:音楽鑑賞、読書、散歩、ヨガ)を是非生活に取り入れてみてください3)。好きなことに集中すると、LARSの症状を忘れて過ごすことができる人が多くいます。
また、精神面でもストレスをため込まず、自分の気持ちを表現することが大切です。同じような悩みを抱える方と悩みを共有することもよいでしょう。このサイトでも、ぜひ体験談コーナーに思いをお寄せください。

マネジメントに有効な方法

医療者や周囲の人へ症状を伝えるとき、症状が複雑で伝えにくいと感じたことはありませんか。
ご自身の症状を継続的に把握でき、主治医等に伝える方法として役に立つツールを紹介します。

LARSスコア: 直腸切除後の排便障害の評価

LARSスコア アンケート

国際的に用いられているLARSスコアです。実際に、このスコアを使用して術後排便障害の評価と治療が行われることがあります。5項目にチェックして合計点で「LARSなし」「軽度LARS」「重度LARS」を評価します。

Emmertsen KJ, Laurberg S:Low anterior resection syndrome score: development and validation of a symptom-based scoring system for bowel dysfunction after low anterior resection for rectal cancer,Ann Surg 255(5):922-928,2012.

秋月恵美他: 直腸切除術後の主観的排便機能評価としての日本語版 LARS score の信頼性と妥当性の検証,北海道外科雑誌,64(1):90-93,2019.

ブリストル便形状スケール: 便の硬さと形状の目安となる

自分の便の状態を説明するときに、うまく伝えるのに役立つスケールです。このスケールも国際的に使用されています。

ブリストル便形状スケール

出典【ユニ・チャーム 排泄ケアナビ ホームページ】

排便障害評価尺度ver.2 (DDAS ver.2): 直腸がん肛門温存術後の排便障害の評価

研究代表者の佐藤が作成したLARSの排便障害の程度を測定するもので、14項目で2つの下位尺度からなるスケールです。

排便障害評価尺度ver.2 (DDAS ver.2)

佐藤正美:直腸がん前方切除術後の排便障害を評価する「排便障害評価尺度ver.2」の開発,日本ストーマ・排泄リハビリテーション学会誌,26(3):37-48,2010.